先週の金曜日から、母が上海に遊びに来ている。


「あなたが上海に行かなければ、多分一生大陸には来なかったわ。」と言う位、台湾人の母にとって、中国は世界で一番近くて、遠い国。 (ちなみに、台湾の人は、中国を「大陸」と呼びます。)


最近は、民間ではやっと台湾との交流も多くなったけど、でも未だに政治的に揉めている台湾と中国。

母の世代から考えると、一生中国は行けない国だったらしい。 


最初、母が上海に来て、現地の人のマナーの悪さに絶えられなかったらどうしようと、心配していた。 私と一緒に上海に来てくれたMちゃんは、あまりのマナーの悪さに、びっくりして帰ってしまった。 前回タイから来たリサは、何度も 「私たちの教育やマナー水準まで追いつくのには、あと数世代必要ね。」と、ため息交じりに言っていた。


ところが、母は違っていた。 どうやら、自分の母国語(中国語)は話せるし、台湾より治安が良い上海をとても上海をえらく気に入ってしまった様子。 会社を辞めて上海に行くと決めた時、あれだけ大反対していたのに、今ではこっちで家を買おうかしらと言う始末。 どうやら、良い事も悪い事も、昔の台湾を思い出すようで懐かしいらしい。 


例えば、すぐにおトイレに行ける様にと、中国の赤ちゃんのパンツが、大きく穴が開いている。 私が、「アレって、変だよね。」と言うと、「あら~、昔台湾もそうだったのよ。」と、言うではありませんか。 おっと、わたしもちょっと早く生まれていたら、あんな格好をさせられていたのかと思うと、ちょっぴり冷や汗ものでした。


襄陽の自由市場では、買い物熱を大爆発させて、山ほどの戦利品をゲットしてきた。 まるで水を得た魚のように、現地の上海人相手に、バッサバッサと値切り合戦で、連勝を挙げて来る。 なんと相手が言った10分の1の値段から、交渉を始め、最後には大体8分の1、7分の1まで値段を下げて、買ってくる。 


こんなに凛々しい母をみたのは、久しぶり。 根っからの日本育ちの私には、値切り交渉はすごく苦手。 あれだけ、楽しんで値段交渉してくる母を見ると、やっぱりナンダかんだ言っても、商売上手なチャイニーズだった。 上海在住のわたしも負けずに、ハードネゴシエーターにならねば。 


余談ですが、なんと今度の金曜日には、母の武勇伝を聞きつけた我がクラスメート(全員日本人)と一緒に襄陽自由市場に行き、実践で「How to ネゴシエート with チャイニーズ」のレッスンを行うことに(笑) 上海で、生き生きと楽しそうにしている母を見て、やっぱりうれしさを隠せないパンダでした。